『カウンセリングとは何か 変化するということ』
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人生の変わる場所──。
カウンセリングが、いま社会へとひらかれる。臨床心理学の歴史に打ち立てられた、新たな金字塔。
■精神分析、ユング心理学、認知行動療法、家族療法、人間性心理学──
バラバラに乱立する心理学を俯瞰し、メタな原論が示される。
■身体を動かす、世界を動かす、からだを動かす、視点を動かす、心を揺らす──
カウンセリングは聞くだけじゃない。アクティブに5つの介入がなされる。
■いかに生き延びるか、いかに生きるか──
カウンセリングには二つのゴールがある。生活を守ることと、人生をちゃんと生きること。
「カウンセリングとは、近代の根源的なさみしさのなかで、人が可能な限り、正直に、率直に、ほんとうの話をすることを試み続ける場所である。」──「5章 カウンセリングとは何だったのか──終わりながら考える」より
【目次】
まえがき ふしぎの国のカウンセリング
第1章 カウンセリングとは何か──心に突き当たる
第2章 謎解きとしてのカウンセリング──不幸を解析する
第3章 作戦会議としてのカウンセリング──現実を動かす
第4章 冒険としてのカウンセリング──心を揺らす
第5章 カウンセリングとは何だったのか──終わりながら考える
あとがき 運命と勇気、そして聞いてもらうこと
2026/1/26 読書再開
"カウンセリングとはこころの非常時を扱うテクノロジーである"
"心とは自由の力を備えた器官である。自己と世界という所与のものに挟まれて、不自由な思いをするのだけれど、それでもときに心が力を発動することで、自己と世界の関係性を調整し、自己と世界そのものを少しだけ変えることができる"
読書ノート
まえがき ふしぎの国のカウンセリング
大学3年生の著者にとって、カウンセリングという仕事はマジカルなものに見えていた
自分もそのようになれる、という期待→大きな勘違い
臨床心理士になって、さまざまな仕事を経験してきた
その実態は、魔法とは似ても似つかぬもの
現実的で、常識的で、地道な試行錯誤の繰り返し
マジカルではなくリアル、異世界ではなく俗世、非日常ではなく日常の延長にある
ふしぎの国のカウンセリングはふつうの生活や人生と地続きにある
専門的な営みを、日常と連続するものとして語ってみる
不思議がないわけではない。それはたぶん心のふしぎ
カウンセリングとは何か
個々のカウンセリングではなく、カウンセリングの全体を描き、原理を書く
各論の本はたくさんあるがそれぞれは専門的であり、相互に矛盾することをいう
全体が見えない→カウンセリングとは何か、その全体と原理がわからないというのがここ30年の情勢だった
カウンセリングとは何であり、何が変化するのかがわからないまま「ふしぎの国」に留まってしまっている
カウンセリングとは何か、心とは何か、心の問題とは何か、心が変化するということはいかにしてなされるのか
本書の二つの特徴
社会からのまなざし
臨床心理士から見たカウンセリングではなく、ユーザー(社会)にとってのカウンセリング
たとえば「冷蔵庫とは何か」を専門家サイドから語ることと、ユーザーから語ることの違い
カウンセリングはいかなる歴史的要請から出現し、実際にいかなる社会的機能を果たしているのか。いかなる苦悩を扱い、引き受け、人間に何をもたらすものなのか。
とはいえ抽象的な話ではない。カウンセリングとは実務であり、つねに具体として存在する
今、「カウンセリング」を使っている人、使おうと検討している人がカウンセリングを理解できるように
個別から普遍へ、実務から原理へという道のり
「変化するということ」への注目
カウンセリングの本質を「変化するということ」に見る。
生活が危機に陥り、人生が行き詰まるとき、人はカウンセリングを訪れる。話し合いが為され、生活は変わり、人生が変化する。
人が変わるとはどういうことか。何が変化するのか。何によって、どんなプロセスによって変化するのか
それを専門的な知ではなく、日常の地平から考える
なぜなら変化することは特別なことではないから。変化は人間にとって自然なこと。
しかし変化が不全を起こすことがある。そのときにカウンセリングが必要とされる
専門家(ステークホルダー)だけでなく、現代を生きるすべての人に向けて語ろうとすることによって、言論的な答えを出すことができる、という仮説(&方法)
第1章 カウンセリングとは何か──心に突き当たる
入国前の下調べ(実際のカウンセリングの内実に入る前の準備)
カウンセリングの怪しさ
カウンセリングは誰でもやっていることだ
カウンセリングは宗教や占いみたいなものだ
人々が普段からやっていることを、わざわざお金をもらってやっている。そして非科学的な営みとも重なっている。
現代社会においてカウンセリングが特別になしているのは何か?(横糸)
かつて宗教や占いが心の問題を扱ってきた。今は科学の時代。カウンセリングが取って代わった。それはどういうことなのか。(縦糸)
用語整理
「カウンセリング」という言葉
基本自由に使える。
「悩みの相談」という意味で使われている
本書は、臨床心理学に基づいた専門的なカウンセリングを見ていく
心理療法・精神療法・精神分析
Psychotherapyの訳語
心理士が行えば心理療法、精神科医が行えば精神療法
実質的に同じ。「話をすること」で心を変化させる
東洋大学の創始者である井上円了が「心理療法/生理療法」の対比で使った
生理療法は薬物療法のこと
精神分析や認知行動療法は、心理療法についての学派の名称で、下位分類
カウンセリング
20世紀初頭のアメリカで職業選択の相談として出てきた言葉
日本でもも人事や教育現場での相談を意味する言葉として広がってきた
どちらかといえば健康な人を対象としたものであった
つまり当初、心理療法とカウンセリングは異なるユーザーをターゲットにしてきた
「カウンセリング」として一般化した
歴史的経緯でいろいろな呼びかたはあるが、深い意味はない
心には形がないから、専門家たちは名称にこだわりがちですが、ユーザー的にはあまり関係ない
本書では、「専門家が密室において二人で行う相談」を包括的にカウンセリングと呼ぶ
また本書では、カウンセリングを利用する人をユーザーと呼ぶ
利用者が選択する社会的サービスとして「カウンセリング」を位置づけているから
カウンセラーとは何ものか
資格
二つの公的な資格がある
精神科医は(どちらかと言えば)身体の専門家。とはいえ話を聞くことは必ずする
心の苦悩を扱う仕事というのは、専門性に引きこもることが難しいんですね。ここが先の「容疑1カウンセリングとは誰でもやっていることだ」と関わってきます。
カウンセラーは薬は使えない、ということは確か
学派(〜〜療法の種類)
力動学派
精神分析:フロイトの系列
自我心理学、対象関係論、ラカン派精神分析、自己心理学
アドラーやユングなど分派したものもある
認知行動学派
行動療法+認知療法
人間性心理学派
ロジャースが代表者
専門性ではなく、人と人の出会いに治療的価値を見出す
カウンセリングのイメージのもとかもしれない
システム論学派
内面ではなく外部にある人間関係に問題を見出す(家族療法、ブリーフセラピー)
それぞれに向いたユーザー、向いていないユーザーがいる
正しいのかではなく、マッチするのか、で考える
実際のカウンセラーも、深くコミットする人もいれば折衷主義の人もいる
現場
無料
ユーザーではなく組織がお金を払っているパターン
学校、企業、病院、刑務所、役所
有用だが、範囲が限定的
有料
開業カウンセリングルームなど
何事もそうなのですが、誰がお金を払っているかを考えることで、そのサービスが最終的に何を目指すものであるのかがわかります。
プレーンなカウンセリング理論
現場が多様なカウンセリングは、その実態も多様
目標やニーズが異なるから
それだけじゃない
ユーザーがどういう人かによっても変わる
専門家であること
言うまでもなく、ユーザーがどういう人かによってカウンセリングのやり方は変わります。高齢者と思春期の子どもで同じやり方のはずがないし、抱えている問題も、辿ってきた経緯も、目指すべき目標も、人それぞれなので、それに合わせて異なるアプローチを使い分ける必要がある。誰に対しても同じアプローチしかしないのは素人で(あるいは万能な魔法使い)、相手によってアプローチを変えられるのが専門家です。
実態が多様なので全体像を書くのが難しい
辞書や教科書のように項目を並列で並べるしかない(小宇宙はあっても大宇宙がない)
さらに深刻な問題としての、内部での対立→これが著者が引き受けた課題
日本の臨床心理学の世代
第1世代:戦後すぐ、ロジャーズのカウンセリングの導入(素人と専門家の端境期)
第2世代:1970年代以降にカウンセリングを専門の仕事として作り直した
原論が試みられる
第3世代:1995年以降、専門性の高い各論(差異の強調)
第4世代:乱立し、一言では語れなくなった
共通基盤の再設定(再度原論を作り出す)
臨床心理学内部だけの問題ではなく、世の中にカウンセリングが広がっていったこの20年の切実な社会的課題
メタ理論が必要
複数のカウンセリングを俯瞰して、それを比較検討し、そして用途に応じて、使い分けるための思考の枠組みです。
→医療人類学
さまざまな治療を比較検討して、その共通構造を見出すと同時に、そこにある差異を明確化しようとする学問
たとえば、アマゾンの奥地にいる呪術師の弟子となって、呪術とは何か、呪術を必要とする社会とは何かを研究する。それだけでなく、東京の総合病院で行われている感染症医療と比較して、「病気とは何か」「治療とは何か」という大きな問題を考えようとする。
著者も似たような経歴を経てきた
カウンセラーになるための訓練、カウンセリングを生業として生活をしながら、比較検討の対象にしてきた
スピリチュアル・ヒーラーの世界、カウンセリング以外のやり方での心の支援の現場
内側にいながら、それを外側からも見ようとしてきた
その結果見えてきたのが、カウンセリングの共通構造
カウンセリングとは、心の問題で苦しんでいる人に対して、心理学的に理解して、それに即して必要な心理学な介入を行う専門的な営みである。
→プレーンなカウンセリング(トッピングなしの)
さまざまなカウンセリングが、このバリエーションとして捉えられる
日常生活との連続性
カウンセリングとは何か(横軸)
カウンセリングは誰でもやっていることだ→人と人と話すことは誰でもやっているが、その当たり前が成立しなくなってしまうときがある(心の非常時)
カウンセリングとは心の非常時を扱うテクノロジーである。
カウンセリングとは何か(縦軸)
カウンセリングは問題を「心」に見出す
心は遅れて見出される→科学的に解決されないとき、心理学が要請される
いろいろな可能性を排除していった後に、心に突き当たる→カウンセリングがはじまる瞬間
心のせいにすることには副作用がある
アラン・ヤング(医療人類学者)の区分
エクスターナルな治療とインターナルな治療(問題を外在化するのか、内在化するのか)
共同体によって、機能しやすさが違う
近代の「コミュニティから個人へ」
カウンセリングと人間が自由な個人になり、そしてそのことで孤独と責任を負うことになった近代の副作用に対処するために生まれてきたテクノロジーである。
哲学的治療というものもあり、ストア派「理性の力で自分をコントロールする」→認知行動療法 残された大きな問題:心とは何か
理論的に答えるのは難しい→臨床的に答える「実際にカウンセリングで起きていること」
ユーザーはいかなる問題をカウンセリングに持ち込むのか
悩みの4分類(心の問題)
症状の悩み(たとえば、疲労感が抜けない)
不適応の悩み(たとえば、不登校)
人間関係の悩み(たとえば、相続問題)
生き方の悩み(たとえば、偽りの人生)
それぞれ自分なりに試行錯誤の末にカウンセリングにやってくる
いろいろやってダメだったから→心とは突き当たるものである、最後に姿を現すものである
カウンセリングとは突き当たるものである
"心とは自由の力を備えた器官である。自己と世界という所与のものに挟まれて、不自由な思いをするのだけれど、それでもときに心が力を発動することで、自己と世界の関係性を調整し、自己と世界そのものを少しだけ変えることができる"
中間管理職的な心のつらさ
過剰責任になる可能性が常にある
カウンセラーのもっとも重要な仕事は、自己と心と世界のどの部分を、どれだけ変化できるのか/させるかを判断することにあります。これを間違えて、心のせいじゃないものまで心のせいにしてしまうときに、カウンセリングは暴力になってしまいます。
フグ料理に似ている(扱い方を間違えると害になる)
順番が大切(世界・自己→心)
心の力の両義性
頭で整理して落ち着くことがあるし、勇気が出ることで物事が前身することもある
しかし、心がありすぎると過信しないことも専門家には必要
近代人の苦悩
「ある地点まではみなと同じだけども」、ある地点からは、個人がそれぞれに別々のやり方で自分の生活や人生を作っていかねばならない。個人的に生きていくこと。
第2章 謎解きとしてのカウンセリング──不幸を解析する
カウンセリングとは、心の問題で苦しんでいる人に対して、心理学的に理解して、それに即して必要な心理学な介入を行う専門的な営みである。
「心理学的に理解する」が本章では扱われる
インテーク面接
申し込みをしたあと、最初にもたれるカウンセリング
ここでなされるのが「心理学的に理解すること」→謎解き
カウンセラーが提供するサービスのコアの部分
世間のイメージとして「話を聞いてもらう場所」
嘘ではないけども、それがすべてではない。サービスの本質は別のところにある
カウンセリングは心がよくわからなくなったときにユーザーがくる場所
晴れの日ではなく、雨の日。日常ではなく、非日常
それを謎解きして、理解すること(そこで行われる知的作業)に専門性がある→アセスメント(assessment)
その意味で、探偵とカウンセラーはよく似ている
事件ではなく心の謎を解く
「心がわかる」とはどういうことか?
メンタリストとカウンセラーはどう違う?→本章で掘り下げられていく問題
謎解きとは何か
あらゆる専門家は、何かしらの謎解きをしている
ユーザーは不幸(問題)を抱えて専門家のもとにやってくる。そのとき最初に行われるのが謎解き
なぜその不幸が生じたのか、それは何によって解決するのか、それを解析してユーザーに説明する
これがうまくいくことで専門的サービスはうまくいく
そのプロセスを抜きにするのは(専門家ではなく)素人
アセスメント(assessment)
アセスメント以外にも、「見立て」や「ケースフォーミュレーション/Case Formulation」とも呼ばれる。
医学なら診断、沖縄のシャーマンであるユタならハンジに相当
「診断」は治療全般の基本
謎の解き方はそれぞれ違う。しかしそれをすることは共通している。
診断をしないのも素人だが、すべての人に同じ診断をするのも素人
相手の状況や状態によってケース・バイ・ケースの謎解きをできるのがプロ
解明・説明・提案
一度謎を解いたら終わりではない。状況が変われば新しい謎解きが必要になる
だから、カウンセリングは終わりに至るまで、ずっとアセスメントが行われ続けます。心はすぐにわからなくなるので、何度も何度も理解し直されていかねばならない。そうやって、謎解きを積み重ねていくプロセスそのものがカウンセリングです。
インテーク面接(初回面接、初診)
専門性が大きく発揮される
話を聞き、分析し、説明し、納得してもらう。
ユーザーに納得してもらい、一緒にカウンセリングをやっていこうという気持ちなってもらうまでもっていくのがカウンセラーの仕事です。
たいてい通常のカウンセリングよりは長い時間が設定される
著者は60分の設定で、構造化されている
40分情報収集
10分仮説の説明
10分今後の進め方を二人で決める
インテーク面接の「前」の時間もある
すぐにあえないことの長短
カウンセリングというのは基本的には時間を味方につけるための営みです。即座に物事を解決するのにはあまり向いておらず(頑張るときもありますが)、時間の力を使って、心や状況が少しずつ変化していくことを後押しする仕事です。
ユーザーは主訴を書く(相談したいこと)
一人で抱えてきたものをはじめて他者と共有するものへと変換しようとするのが主訴です。それは自分を他者にひらき、他者と自分の接点となる文章です。
ユーザーはそれまで自分なりに試行錯誤してきた。その上で、心に突き当たり、専門家の助けを借りようと思った。自分ではなく他者を頼ろうとした。
事務のケア力
情報収集
問題歴(過去を遡る)
モチベーション(未来とつながる)
リソース(現在を確認する)
分析の裏側
破局度の評価
生活の危機
火急性/不急性
外部性/内部性
現在性/歴史性
一つでも前者があれば破局度が高いと言える
この評価が以降のカウンセリングを考える大きな分かれ道となる
作戦会議としてのカウンセリングと冒険としてのカウンセリング
問題の所在
物語化
情報収集、各理論などを総動員してユーザー固有の物語を描き出す
二つの「心」の分かりリ方
心の置かれている全体状況をわかる
心の動き方をわかる
戦略の交渉
著者は二つのプラン、リスク、お金と時間を提示する
カウンセリングの中核にあるのはアセスメントである
心を変化させるのは、聞く技術でもなければ、魔法のような介入でもない。もちろん、カウンセラーの優しさでもある。
ではなにか。
心が変化するための土台になるのは「理解」です。
第3章 作戦会議としてのカウンセリング──現実を動かす
それぞれの学派によって「人間観」はいろいろある
著者は「何を変化させるのか」「いかなる変化を目指すのか」の軸で捉える
カウンセリングの二つのゴール
生存と実存
生存は困難な状況の中で、生き延びること
実存は、その人独自の生き方のこと
カウンセリングはどちら「も」取り組む
生活と人生→rashita.iconライフだ